十月の食便り「べったら漬け」

【10月の食便り-べったら漬け】

室町時代以降、商人の間で盛んになった商売繁盛祈願の行事に『恵比寿講』というものがあります。神無月である10月に、唯一、出雲に赴かない「留守神」とされた恵比寿(えびす)神、あるいは竈(かまど)神を祀り、1年の無事を感謝し、五穀豊穣、大漁、あるいは商売繁盛を祈願しますが、東日本では1月と10月の20日、西日本では十日戎(とおかえびす)といって1月10日に行います。

そして、江戸時代から10月19日には、東京・日本橋の宝田恵比寿神社で『べったら市』が開かれます。それは翌日の恵比寿講の前夜祭のようなもので、日本橋本町、大伝馬町などの各通りに『べったら漬け』を中心に数百件の屋台が並びます。べったら漬けとは、大根の麹漬の一種で、東京を代表する名産品と言われますが、浅く塩漬けした大根を、米麹に漬け込んだものであり、江戸時代に誕生した東京の名産品です。みずみずしい食感と甘さが特徴で、15代将軍・徳川慶喜も好んで食べていたというエピソードも残っています。

ところで、べったら漬けには、一年中出回る青首大根が現在使用されていますが、もともとは夏大根が使われていたようです。

江戸の昔、現在の板橋区で栽培されていた夏大根の「志村みの早生大根(清水大根)」を9月頃に収穫していましたが、それを干さず下漬けし、しんなりさせた後、べったら市の日から逆算して10~15日前に、砂糖と米、米麹で本漬にしたので、風味が持ち味でした。一方、酸化し易く、長期保存には向かないという特徴もあったようです。

ちなみに、志村みの早生大根とは『江戸東京野菜(*)』の一つ。江戸期から中山道の志村、近隣の前野で栽培されていたもので、前野の中でも湧水のある清水薬師の辺りで盛んに栽培され、清水夏大根ともいわれていました。

夏の暑さに強く、種蒔き後55~60日という短期間で収穫できるのが特徴ですが、その生育期間の短さから、早秋に収穫することができたため、かつては10月20日に開催されるべったら市のべったら漬には欠かせなかったものと言われます。

一度は消滅しつつも、現在、板橋区内の10軒ほどの農家で作られるようになったそうですが、以前、都立瑞穂農芸高等学校では大根の栽培だけでなく、べったら漬け加工まで行ったこともあるようです。江戸の昔に食べられていた夏大根のべったら漬けをいつか私たちも味わってみたいものですね。

(*)・・・江戸東京野菜

江戸東京野菜は、京野菜・加賀野菜などと同じように今注目を集めている伝統野菜の一つで、東京周辺で伝統的に生産されていた野菜のことです。明治以降の急速な農地転用により消滅品種も多かったのですが、近年注目を集め、その見直しや復活の試みが盛んになり、小松菜、亀戸ダイコン、練馬ダイコン、谷中ショウガ、品川カブなど、それぞれの土地に名前をつけた約40種類の野菜が栽培されています。

<文章写真引用元>

■江戸東京野菜通信『大竹道茂の伝統野菜に関するブログ』

http://edoyasai.sblo.jp/article/49211208.html(2011年10月23日)

http://edoyasai.sblo.jp/article/44463720.html(2011年4月20日)

http://edoyasai.sblo.jp/article/148949572.html(2015年7月9日)

http://edoyasai.sblo.jp/article/79091714.html(2013年10月26日)

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